「おいしいことなど徒然と」

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セブン「を」買収!?日々雑記

20240820



流通業界の雄、セブン&アイ。この巨大企業がM&Aを仕掛けられているという仰天ニュース。新聞テレビの扱いが小さく思えますが、どう解釈していいか、メディア側もきっとよく分かっていないのでしょう。

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(日経、一部略)セブン&アイ・ホールディングスは19日、カナダのコンビニ大手、アリマンタシォン・クシュタールから買収提案を受けたとの報道について「ア社から内密に、法的拘束力のない初期的な買収提案を受けていることは事実」とするコメントを発表した。

セブンは受け取った買収提案を検討するため、取締役会議長のデイカス氏を委員長とした独立社外取締役だけの特別委員会を立ち上げた。同委員会の答申を踏まえ、ア社側に受け入れるかを回答するという。

現時点で出資比率や株式の取得方法などの詳細は明らかになっていないが、セブン&アイの時価総額は16日時点で約4兆6000億円。完全買収するには少なくとも5兆円以上が必要となる。実現すれば、海外企業による日本企業買収としては最大級となる見通しだ。
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これまでセブンはさまざまな会社を積極的にМ&Aして巨大化してきました。2005年には本家である米国のセブンをも買収し完全子会社化しています。それぞれの買収劇には成功したものもあれば、百貨店事業など手痛い失敗もありました。M&Aと親和性の高い企業とはいえます。


報道では、セブンが今回の件をどう考えているのかはまだ明らかにされていません。今日のところではあまり詳しい解説記事も出ていませんね。素人目には事業に追い風が吹いているようには見えず、巨大企業ゆえの悩みが大きいのだろうと思います。


コンビニ事業はあまりにも肥大しすぎて頭打ちではないかとも言われていますし、スーパーマーケット(イトーヨーカドー)ははっきりと不振で126店舗を93店舗まで縮小し、自社のアパレル事業からは撤退するとの方針を昨年発表しています。


ここ最近の株価が目に見えて下がっているようには見えませんが、円安のおかげで買収しやすい状況にはあるだろうと思います。いずれにせよ動向から目を離せない、注目の超大型M&A案件です。


不思議なのは、社外取締役「だけ」の特別委員会がこの件を検討するのですね。そういうものなのか、取締役名簿にはさまざまな企業の役員を渡り歩いた歴戦の猛者が並んでいます。実現すれば5兆円を超えるといわれる買収資金は、誰のところへ行くのでしょう。

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知覧に行きたい日々雑記

20240815



オリンピックが閉幕しました。帰国した選手たちの会見で、とても印象的な発言がありました。

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(東スポweb)パリ五輪の卓球女子団体で銀メダル、シングルスで銅メダルを獲得した早田ひな(24)が、大会を終えて行きたい予想外の場所を明かした。(中略)「行きたいところの一つはアンパンマンミュージアム。あとは鹿児島の特攻資料館(知覧特攻平和会館)に行きたい。生きていること、卓球ができているのは当たり前じゃないのを感じたい」と意外な場所を口にした。
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このような場面で、若いアスリートの口から知覧が登場したことに驚きを覚えました。平和の祭典であるはずの五輪開催中もウクライナやガザでの戦争は続いていたのです。外野でお祭り騒ぎを楽しんでいた我々にも喉に刺さった棘のように戦争は影を落としていたのですから、競技に集中していた選手たちも無関心でいたはずがありません。


知覧特攻平和会館はぜひ見学するべきだと同地を訪れた方々から聞いていましたが、今年2月の鹿児島旅行の際に訪問することができました。おびただしい数の若者の遺書が展示されています。どれも驚くほど達筆です。残された家族を案じ、祖国の勝利を願った遺書。本音をすべて書くことは困難だったでしょうが、文章から彼らの思いを垣間見ることができます。伊那市出身の特攻隊員のものもありました。


前途にそれぞれの大きな夢を抱いていたでしょうに、爆弾と片道分の燃料だけを積んで出撃し亡くなった6371人の若者のことを考えると、胸がつぶれます。1%の生還の可能性も許さない無謀な作戦、しかも実際は、ほとんどの特攻機は敵艦に突入する前に撃ち落され、戦果を挙げることはできなかったのです。


戦時下の狂気とはいえ、このような作戦を考え出し組織的に若者たちの犠牲を強いた指導部。中には「俺も貴様たちの後に続くから」と大見得を切って部下を送り出しておきながら、終戦後には責任を取ることもなく逃げた者も何人もいたそうです。(皆が皆そうだったわけではありませんが)


早田選手がこうした発言をしたこと、立派だと思います。自分の立場を考えると、あるいは勇気もいったのかな。彼女を育てたご両親も立派です。このことでさざ波が立っているとも聞きますが、気にすることなどありません。早く現地を訪れて、どう感じたか、同世代の人たちと話をしてみてほしいものです。そのあとで、アンパンマンミュージアムもぜひ楽しんでね。

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巴投げの女王日々雑記

20240808





パリで活躍する日本選手たち。まだ大会中ですが今大会の私的ヒロインはこの人、柔道女子48㌔級で金メダルを獲得した角田夏実選手です。


例によって、大会直前のスポーツニュースで特集を拝見し存在を知りました。31歳で五輪初出場という遅咲きの人、巴投げから関節技と言う必勝パターン、わかっていても避けられない巴投げの完成度、かつて同階級でしのぎを削った阿部詩がなかなか勝てず「ヘビっていうか軟体動物みたいな柔道」と評したという。


こんなすごい人がいるの。日本中の(ニワカ)柔道ファンが阿部詩を推す中、私は夏実推しに張ったのです。


柔道は軽量級から始まりますので、女子48㌔級は初日が恒例です。一回戦から巴投げ→腕挫ぎ十字固めが炸裂し次々と勝ち進み、決勝でモンゴル選手を破って今大会日本選手最初の金メダルに輝きました。


そして全階級が競技を終えた翌日の団体戦。決勝のフランス戦では2階級も上の相手と対戦し、必殺巴投げで勝利に王手をかける一勝をあげました。この時点では絶対に日本が勝つと思いましたが…あのルーレットがなあ…


巴投げというのは攻めてくる相手の力を利用して投げる技だとずっと思っていましたが、夏実選手はほとんど勢いを使わずに両足で相手を高々と持ち上げているように見えます。空中にある相手はバタバタしますが、ここからの微妙な体の使い方に膨大な引き出しがあるそうで、逃げようとしても逃げられない、ヘビに睨まれたカエルになってしまうのですね。


巴投げが一本で決まらなくても、そこから関節技への移行が鮮やかで、たちまち勝負を決めてしまいます。軟体動物の柔道を堪能しました。


東京学芸大学卒の才媛にしてなかなかの美形、スタイルも良く、きっと人気者になるだろうと思います。ご本人のyoutubeチャンネルを何本か観てみましたが、にこやかで素敵な方ですよ。道場を開きたいとか総合格闘技に転向したいとかいろいろ夢があるそうです。年齢的に次の五輪は厳しいかもしれませんが、ますます活躍してほしいですね。

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92年前のメダリスト (2)日々雑記

20240805

西竹一の絶頂の時代は長くは続きませんでした。兵器の開発が進み、戦車やオートバイが当たり前のように使われるようになって、騎兵の存在意義がだんだん薄れてきました。西も馬から戦車への乗り換えを余儀なくされます。


軍の中も西の破天荒なキャラクターは認められ難くなってきたと想像できます。ロスに続くベルリン五輪では6位に終わった元金メダリストへの風当たりは強く、軍の中で冷遇されていきました。


太平洋戦争が敗色濃厚な1944年7月、西は戦車隊隊長として硫黄島の護りにつきます。ご存知の通り硫黄島は沖縄と共に日本の最後の激戦地となり、西も戦死を覚悟の上だったでしょう。いろいろなエピソードが伝わっています。(ただし、一部は後年の創作ともいわれる)


・激戦の前に一旦帰国した西は、引退し余生を送っていた愛馬ウラヌスの許を訪れます。ウラヌスは久しぶりの主人との邂逅に体を摺り寄せ、愛咬してきました、西はウラヌスのたてがみを一部切り取って、以後肌身離さず持っていました。

・硫黄島守備作戦では戦車が活躍できるような地形場面がなく、やむなく砲塔を外して固定し、砲台として使いました。騎兵出身で戦車を思う存分走らせたかった西には残念なことだったでしょうが、その砲撃の正確さは米軍の公式記録に残されています。損傷して戦場に残された米軍の戦車を鹵獲、修理し使ったともいわれます。

・負傷し捕虜となった米兵を尋問したとき、西はその海兵隊員が持っていた「早く帰ってきなさい。母はそれだけを待っています」という手紙を見ると「どこの国でも人情に変わりはないなぁ」と悲しい表情をして、その海兵隊員にできうる限りの看護を行ったが、看護も空しく翌日に西に感謝をしながら息を引き取ったそうです。

・米軍にもロス五輪の英雄だった西を記憶しているものが多く、「バロン西、我々はあなたを失いたくない。出てきなさい」と日本語で幾度となく西に投降を呼びかけたが、この呼びかけに西が応えることはありませんでした。


西がどのように戦死したかは諸説あり、正確にはわかっていません。圧倒的な劣勢の中、智将栗林忠道(松代出身)指揮のもと、硫黄島で日本軍がいかに戦い死んでいったかはさまざまな書籍や映画などで描かれていますので、まだ接していない方はぜひご覧いただきたいなと思います。


92年ぶりの日本馬術のメダル獲得を機に、以前から心に留めていた人物について書いてみました。wikipediaのほか、北大馬術部のホームページを参考にさせていただきました。緻密な取材と文章に感嘆しました。

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92年前のメダリスト (1)日々雑記

20240730

パリ五輪が始まっています。競技が日本時間でことごとく深夜や未明に行われ時差を呪うしかありませんが、開幕早々から次々と活躍する日本選手たちに胸のすく思いをしています。


その中でも、総合馬術団体で大岩、戸本、北島、田中の4選手が銅メダルを獲得したという快挙。馬術競技を見る機会はついぞなく、彼らが事前にどれだけの期待を受けていたのかまったくわかりませんが、馬術の日本選手として実に92年ぶりのメダル獲得というから素晴らしいではありませんか。


92年前のメダリストといえば、西竹一に違いないとすぐに思いました。調べるとまさにその通り。ロサンゼルス五輪で金メダルを獲り、太平洋戦争で終戦間際に硫黄島で戦死した西中佐。子供の頃読んだ戦記で印象深く、映画「硫黄島からの手紙」では伊原剛志が演じて準主役級の扱いとなっています。


西竹一は外務大臣や枢密顧問官を務めた父のもと、男爵家に生まれました。軍人を目指し騎兵学校に進み馬術の基礎を叩き込まれ、めきめきと腕をあげました。大変な資産家で性格は至って鷹揚、天真爛漫、サッパリして明るかったと生前に交流のあった人たちはみな証言しています。


愛馬ウラヌス号との出会いは、馬術の恩師である上官がイタリアで出会ったという、誰も乗りこなせない大きな暴れ馬の噂を聞き、早速イタリアへ飛んで一目ぼれしたといいます。当時500ドル≒2000円という高額にも関わらずポンと自費で購入し、そのままヨーロッパ各地の競技会で好成績を残し日本へ連れ帰ったもの。家一軒15円で借りられた時代だそうです。


ロス五輪では11選手中完走したのが僅か5人という屈指の難コースでした。西とウラヌスは難しい障害を見事に次々と飛び越し、堂々の金メダルに輝きました。馬術の大障害は当時オリンピックの花形競技で、西はロス市長から名誉市民の称号を受けるほどの歓待を受けました。


貴族制度のないアメリカ人にとって、男爵baronの称号を持ち英語を流暢に話す西は大人気。ハリウッド俳優ダグラス・フェアバンクス夫妻をはじめ数々の著名人とも交遊を深めることになりました。当時の日本人としては考えられない豪快なカネ使いと社交性でアメリカでの日本人観を変えたともいわれます。


軍人ながら髪型はお洒落、軍服はヨーロッパ仕立ての特別製、馬具やブーツはすべてエルメス製であったとのことです。優勝記念パーティーには参加した日本の馬術チーム全員のタキシードを自費で誂えたのだとか。

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喫煙飲酒の罪日々雑記

20240721



体操選手でパリ五輪代表の宮田笙子選手が、19歳にもかかわらず喫煙飲酒をしたとして、出場辞退となりました。団体でメダルを目標にしていた女子体操チーム、激震です。


この処分が妥当なのかどうか、ネットでは真っ二つに意見が分かれています。私の目に入る発言の数で言えば、妥当という人の方がだいぶ多いでしょうか?


私は、やったことに対して罰が重すぎると思います。五輪への出場を辞退させるほどの重罪を犯したとは考えられない。厳重注意なり、大会後の社会奉仕なり、強い反省を促す方法は他にある。体操競技で活躍できる年齢を考慮すれば、今回の処分は再起不能を意味するといっても過言ではありません。


明白な法律違反、スポーツ選手はルールを守るのが当たり前、とか言われています。20歳前の飲酒喫煙を禁じる法律には、本人への罰則規定はありません。アルコールやニコチンが体に悪いって、それは悪いのでしょうけれど、対象者を保護するための規定が逆に本人を潰してしまうことの不条理、矛盾を感じます。ドーピングをしたわけじゃない。


そもそも今は18歳から成人として選挙にも行けるのです。喫煙飲酒だけ20歳にならないと許されないことに大した理由はなく、高校教育の場で制御ができなくなるからというご都合ゆえだと私は理解していますが、違いますかね?


かつては高校を卒業すれば、建前はともかく実質的に喫煙飲酒は社会の雰囲気として許容されていたと思います。大学生の新歓コンパでアルコールが出されるのは当たり前、高校卒の新入社員だって同じような状況だったのでは。


時代が違うのだと言われます。その通り。急性アルコール中毒など不幸な事故が時々起こっていたことは事実ですし、こうした悲劇を繰り返させまいという気持ちは大切です。


それはそれとして、一度のやらかしが(一度ではないとも言われていますが真偽不明)即、厳罰につながり多くの人に支持されるというのは、社会の寛容度が低くなっているということでしょうか。他人に被害を与えない程度の軽微な違反行為をすることは、誰にだってきっとあります。それを取り返しのつかないような罪とされるって、暮らしにくくないですか。

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強運の主日々雑記

20240719



大統領候補者が銃撃されるという衝撃的な事件が起きました。いろいろなことを思いますね…。


アメリカでは古くはリンカーン、ケネディをはじめ何人もの大統領や大物政治家が暗殺されたり未遂に終わったりしています。日本だって安倍元首相や岸田首相が銃撃されたり爆弾を投げつけられたり。


これは民主主義への憎むべき挑戦です。責任ある立場のリーダーに、生命の危険への覚悟を持たせなければならないことは明らかにおかしいです。そして今回は警備体制に不手際があったらしいことは、報道の通り。


トランプの場合は本人は奇跡的に軽傷で済んだものの、集まった人に死傷者が出てしまいました。まったくお気の毒。犯人がその場で射殺されたことは、犯行の動機が分からなくなったとか言われますが、まあやむを得ないのでは。


撃たれてすぐ、血を流しながら立ち上がり何度も拳を振り上げて「Fight!」と叫んだトランプは、さすがに凄い根性だと思いました。青空と星条旗をバックにボディーガードに守られつつも仁王立ちになった決定的瞬間を捉えた写真も凄い。その場を撮影したカメラマン、前にピュリツァー賞を受賞している人だそうです。


銃社会のアメリカにおいて、銃の所持を認めるか規制するかはずっと前から激しい議論となっています。トランプはガチガチの銃規制反対派ですが、事件後初めて党大会に顔を見せた時には、今までのトランプとちょっと様子が違う(大人しくなった)ように見えました。自分がターゲットになってみて考えが変わるのかどうか。


災いが転じて選挙のための強烈のアピールになってしまったことは、大変な強運だと思います。事件後たまたまコロナに感染してしまったバイデン、あまりにも不運。両者の印象の対比は、有権者には天と地ほどの違いでしょう。「リーダーの運の強さ」はその集団にとってとても重要なことだといいますが、あまり認めたくはないが、どうもトランプが「持っている」ことは確かなようです。

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バイデン窮地に日々雑記

20240629





「大統領」ってすごい言葉ですよね。統領とは「集団をまとめおさめること。また、その人」だそうですが、なんたって「大」統領ですから。ただの統領ではない、けた違いのスケールを感じます。一国を統べる人物にふさわしい威厳ある称号です。


さて、その名にふさわしいとは思えない二人の人物のTV討論が行われました。私はハイライトをチラチラ見ただけですが、討論会はバイデンの惨敗だったとあらゆるメディアが報じております。


バイデンはこの討論会で、絶対にやってはいけないことをやらかしたといいます。発言にまとまりがなく声はかすれ、かなりヤバい言い間違えをし、相手の発言中もボーっとして表情に生気がなかったと。誰もが感じている年齢(現在81歳)と健康への不安視を増幅してしまいました。


トランプは堂々とした態度やよどみない発言で優勢だったが、発言の内容は相変わらず根拠のない決めつけや嘘にまみれており(それはバイデンにもありましたが)誠実さに大きく欠けるものだったようです。まあ今さら誰も驚きません。


世界を動かす最高権力者として選ばれる候補がこの二人でいいのか、勘弁してほしいと思いますよね。過去トランプ政権の4年間、各国がどれだけ振り回されたか記憶に新しい。これほど順法精神の欠落した人物が、支持を受けて民主主義国家の指導者になっていたことが信じられないのですが、このままでは再びそれが繰り返される可能性も十分です。


民主党ではさすがにこのままではまずいと思ったでしょうが、バイデンに代わる候補者選びが真剣に行われるという見解はまだ出ていません。元下院議長ナンシー・ペロシとか、オバマ夫人ミシェルさんとか、あろうことかヒラリークリントンとか、名前は出ていますが、首をひねってしまいます。カリフォルニア州知事ニューサム氏ならという説もありますが、この人のこと良く知りません。


実際、候補者を決める両党の党大会がまだ開かれているわけではなく、今回の討論会開催時期はフライングだったともいえます。民主共和両党とも、本当に彼らでいいのか、彼らしかいないのか、二大政党の良識と人材育成の力が問われていますぞ。

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法に殉じた判事日々雑記

20240610



朝ドラ「虎に翼」を面白く観ています。法学部に籍を置いた者としては馴染みのある世界のお話ですし、ドラマの展開が早くて飽きません。女性の権利のために生涯を捧げたという重いテーマですが、今のところ軽やかにうまく消化しているようです。主題歌、タイトルバックのアニメーションもいいですね。


先週末、主人公寅子が過去に恋していた大学の同期生、花岡が死亡しました。裁判官の身として、食管法を犯してヤミ米を食べることを拒否して餓死したというのです。寅子、そして彼女を取り巻く人たちは愕然とします。


このエピソードにはモデルとなった事件があります。有名な話だと思っていましたが、初めて聞くという人も意外と多いみたいですね。


実在したのは山口良忠判事。誰もがヤミ物資に頼らなければ食べていけなかった時代、食糧管理法に反する行為はできないとして一年半もの間、米のとぎ汁などをすするばかりでほとんど固形物を口にすることがなかったといいます。妻の実家や知人からの援助も断り続け(妻子には食べさせていたようですが)1947年11月、33歳で世を去ります。


山口判事の死が新聞で取り上げられて世間の受けた衝撃たるや。法を順守すれば生きていけないのならば、法のほうが間違っています。高潔な判事の逝去を悼んだ人はもちろん多かったでしょう。しかし、正直者もここまでくればとても世渡りできまい、と引いた目で見ていた人もいたはずです。


リンク先記事の終わりには、判事の長男の言葉としてこんな引用があります。
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とうとう一個の法律と一方的に心中してしまった自己陶酔型の利己主義者。(中略)「山口、お前のお父さんは偉い人だった。それなのに、なんだお前は」といわれもしたが、ではその父は、母と幼児を遺棄し、一体、どんな立派な義務を尽したということができるのか。
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家族でしか言えない正直な言葉だと思いますね。いくら法の番人といえども、死んでは何にもなりません。私も人並みの正義感は持ち合わせているつもりですが、法のためにわが身を差し出すようなことはとてもできないです。法のために人があるのではなく、法が人のためにあるはずだと思っています。

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花咲くザクロ日々雑記

20240605



梅雨を前にして庭の花々が続々と咲き始める、とても良い季節です。


家の門柱の傍らにザクロの木があります。だいぶ前に実からジュースを絞った話を書きました。通りがかりの人からもよく見える場所に植わっていて、登山スタイルの人が写真を撮っていることもありました。


ところが。この3年ほど、嘘のようにピタッと花が咲かなくなってしまったのです。花がなければもちろん実も成りません。いったい何が起こったのか?


ことさらに樹をいじめた覚えもないのですが、3年前、2年前と一輪の花も咲きませんでした。まさかザクロの樹がコロナになったわけでもなし、どういうことかと首をひねるばかり。寿命ってこともないでしょうが。


昨年になってようやく、それでも片手で数えられるくらいの花が咲いて、3個だけ実が成りました。もったいなくて実をとることもせず、そのままにしておきました。


それがどうでしょう。今年のザクロ、これまでの数年が嘘のように、たくさんの花や蕾をつけています。この樹の下を通るたびに何だか嬉しくて嬉しくて。どうしてそんなに喜ぶのかと家族も訝しがっているのですが、それは嬉しいじゃありませんか。復活再生を樹が表現しているような気がします。


花が散ればタコさんウィンナのような(2015.7.15)ガクが落ち、10月になればたくさんの実をつける(2016.10.24)ことでしょう。楽しみ!今からほんとうに楽しみにしているのです。

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