刑務所の中の中学校日々雑記
20120717
一昨年、オダギリジョー、渡辺謙、大滝秀治らの出演したドラマをご覧になった方もいらっしゃるかと思います。PTAの研修会で、そのモデルとなった角谷敏夫さんの講演を聞きました。
日本でたった一つ、刑務所の中に中学校があります。さまざまな事情で義務教育を修了していない受刑者を対象にした、3年生1クラスだけの学校。松本市立旭町中学校の「桐分校」です。角谷さんは33年間、桐分校でクラス担任を務めました。
生徒は10代から70代まで、全国から集まってきます。中学校卒業を、自分の人生の軌道修正にしたいという思いを持ってきた人たちです。オリエンテーションで彼らに作文を書かせます。しかし漢字が思うように書けません。「先生、この漢字を教えてください」…この場で手の挙がる教えて欲しい漢字のベスト3は、べんきょう、どりょく、いっしょうけんめい、だそうです。
60分の授業を一日に7コマ。休息時間は昼40分、午前と午後にそれぞれ15分だけ。夜は自習3時間。夏休み冬休みなし。普通の中学生なら間違いなく音を上げるであろう学習量です。それにくらいついてゆく生徒たちの「知」への熱い欲求がうかがえます。
ひとつ押えておかなければなりません。彼らは「中学生」でありながら、受刑者です。自ら犯した罪への反省、被害者の苦しみや怒りをゆめ忘れることは許されません。桐分校で行われているのは、義務教育であるだけでなく「矯正」でもあるのです。
「遠足」として、本校である旭町中学校を訪問するプログラムがあります。家庭科室で「おやき」を作り、音楽室で本校の中学生たちと歌で交流します。このときの受刑者たちの感動は、毎年同行する角谷さんももらい泣きするほどだそうです。彼らは初めて自分の「母校」を深く胸に刻み込みます。それは心のふるさとです。
義務教育を受けていないというコンプレックスが、彼らの人生のつまづきの原因ともなっていました。勉強が彼らの心を、世界を広げてゆき、卒業と共にコンプレックスから開放されるのがまざまざと目に見えるといいます。
角谷さんの語り口は物静かで訥々としていて、見るからに謙虚な方で、自慢話めいたニュアンスはまったくありません。
角谷さんは教員になろうとしていたとき、「今いちばん教育を必要としている、学びたがっている人は誰か」という考えにとりつかれました。自問自答するうち、非行少年、犯罪者たちのためにと答えを出し、ただちに法務省の門をたたいてこの道を歩み始めたそうです。そうして、人生を刑務所の中の中学校に捧げることになりました。
この日角谷さんの口から聞いたわけではありませんが、一般刑法犯の再犯率はおよそ4割、しかし、桐分校卒業者の再犯率はほぼゼロに近いとのことです。
心に染みる話をお聞きしました。富山で先週聞いた「21世紀の日本が求めるグローバルな人材」の話と、この日の受刑者たちの話。これほどまでにと思われる極端な世界の違い、教育の幅の広さに、たじろいでしまいました。