世界一の砲丸日々雑記
20120127
オリンピック、陸上競技の砲丸投げ。でっぷり太った選手たちが雄叫びをあげながら渾身の力で鉄球を投げる姿が目に浮かびます。世界中の選手に選ばれる、他には真似のできない「世界一の砲丸」を作る人の講演を聞きました。
オリンピックの砲丸は選手各々が持ち込むのではなく、主催者があらかじめ何種類かを用意し、競技の際に選手がその場で選びます。
辻谷政久さん。埼玉の町工場の社長さんです。彼の砲丸は、アトランタ、シドニー、アテネのオリンピックで金銀銅のすべてのメダリストが選んだのです。
いったいどこが違うのか?
砲丸は鋳物の鉄球を旋盤で削りだして作られます。鋳物が型の中で冷えて固まる過程で、中に細かい気泡が発生し、上の方に集まります。気泡が集まった部分は軽く、そうでない部分は重くなります。鉄球の中の金属密度は、均質でないのです。
そうすると、砲丸になったときに重心の位置が球体の真ん中に来なくなってしまいます。それでは選手が投げる際に、砲丸にバランスよく力をかけることができません。辻谷さんは手作業で旋盤を操り、削る音や両手のハンドルにかかる圧力で目に見えない金属の重さ軽さを確かめながら、重心が真ん中に来る砲丸を一つ一つ作っています。
これが、やろうと思ってもなかなかできることではない。96年アトランタ、00年シドニー、04年アテネと3つの大会で、すべてのメダリストが辻谷さんの砲丸を選びました。重心の位置で、記録は1~2㍍も違ってくるそうです。
気骨の人です。アメリカの企業が辻谷さんに途方も無い高報酬を提示して技術指導と販売権の譲渡をもちかけました。いっときは心が揺らぎましたが、当時から技術立国日本の大事なノウハウが、様々な分野で海外流出しつつあることに心を痛めていたこと、自分ひとりでなく多くの人の力で培った技術であることから、きっぱり断りました。
北京オリンピックでは、辻谷さんの砲丸は使われていません。04年重慶のサッカーアジアカップでの日本選手に対するブーイングや狼藉、05年に中国全土で吹き荒れた反日デモに憤慨し、こんな国に自分の砲丸を送ることはできない、と考え、提供をとりやめたからです。
79歳と高齢で、後継の息子さんもまだまだ同じような名品をつくることはできないようです。砲丸の重さは7260gと規定されており、許容される誤差は+5~25g。それをコンピュータ制御でない汎用旋盤を使って作り出す彼の技が、きちんと継承されることを願います。
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