蝶々さんの凱旋(2)音楽ばなし
20220926
もちろん最注目は小林厚子さんの歌と演技です。蝶々さん役は登場してからほぼ休みなく出ずっぱりで、可憐な少女の年齢でありながら毅然とした強い性格の声も求められ、歌い手にとっては大変タフな役として知られています。もちろん声量も必要です。
小林さんは発声も音程もまったく危なげなく安定し、声はしっとりした質感に満ちて表情豊か。この難役をしっかり演じ切りました。同郷の贔屓目というだけでなく、今や我が国を代表するプリマになりつつある彼女を見てとても頼もしく嬉しい気持ちになりました。
その他の方々。ピンカートン(澤﨑一了)は軽薄さをあまり強調せずメロドラマの主人公的なつくりで、これはこれでありかな。花嫁周旋業者のゴロー(松浦 健)は演技もコミカルなれど嫌味にならず、なかなかいい感じに演じていました。侍女スズキ(但馬由香)は出番も多く重要な役、もっと印象に残る存在感があっても良かったかも。
指揮は鈴木恵里奈さん、まだ若い女性で私もこの公演までお名前を聞いたことがありませんでした。コレペティトゥア(オペラ稽古における伴奏ピアニスト)出身という、わが国の指揮者では珍しい経歴ということです。
練習の伴奏ピアニストというと何だか軽く見られがちですが、取り上げる演目を言葉も含め隅々まで知り尽くし、音楽における柔軟性や即応性(反射神経?)が求められるとても難しい仕事です。オペラ指揮者に必要な能力を磨くためにコレペティトゥアの経験は非常に役立つと言われます。
鈴木さんはしなやかな指揮で、流れはスムーズ、ダイナミックなところも十分に聴かせていました。歌い手へのキュー出しがとても丁寧でいかにもコレペティぽいなあと思ってみていました。オケは臨時編成のものと想像しますが、よく鳴っていました。カーテンコールで一人ずつ登場した歌手たちがそれぞれ、オケを讃え拍手を送っていたのが印象的でした。(あまり見ない光景)
小林さんにとっては地元でこれほどの大役を初めて披露する機会だったわけですが、見事な成果となりました。お見事でした。蝶々さんの役柄と「凱旋公演」という言葉は少なからずミスマッチ感があるのですが、あえて凱旋と言いたいです。