志村けん日々雑記
20200331
コロナウィルスに感染、治療中だったタレント、志村けん氏が亡くなりました。入院とのニュースを見てから容体を案じていましたが、あっという間のことでした。以下、親しみを込め敬称略で。
もちろん私も子供の頃から「8時ダヨ!全員集合」を見ていました。当初は「見習い 志村けん」として登場し、間もなく荒井注に代って正式にドリフターズの一員となりました。
東村山音頭でめきめき頭角を現し、それまでコントの主役だった加藤茶を食うような人気者になっていったのには驚きました。ジャンケンで「最初はグー!」を始めたのは志村けんだと訃報の中で紹介され、そういえばこの掛け声をTVで観たとき目新しさ(違和感)を感じたことを思い出します。
志村けんがどう感染し悪化し亡くなったか、ばかり語られていますが、それよりもコメディアンとしての彼の芸はいかなるものだったかを掘り下げてくれるメディアがあまりないことが残念です。そのうち出てくるのかもしれませんけど。
ドリフターズのコントが極めて綿密に練り上げられていたのは有名です。基本生放送、失敗は許されない条件下で、あれほどのものを毎週毎週作っていたのは、凄いことです。志村けんがだんだん主役になっていくにつれ、少しずつ番組のテイストが変わっていくのを子供心に感じていました。
彼の破天荒な才能をいかりや長介ら先輩たちが認め、好きなように泳がせることでドリフの第二期黄金時代ができたと言えるのではないでしょうか。パターン化したギャグの面白さをあのように洗練(というのはちょっとそぐわないか)させて成功していることが興味深いです。ネタの使い捨てで消耗している今のお笑いとは、ある意味逆方向か。
素顔のご本人をメディアで時々見ましたが、厳しく孤高の雰囲気がありました。凄みと言ってもいいのかな。酒、女、タバコと三拍子揃った人だったと聞きます。結果的にはそれが彼の寿命を縮める間接的な原因になってしまったとしても、太く短い芸人の人生だったかもしれません。
今日twitterで見つけた書き込み。(@nora912さん)
…今は無理だろうけどコロナが落ち着いた頃にでも志村けんの葬儀というかお別れ会はデカい会場で盛大に行ってほしいし、最後は祭壇のセットが崩壊して終わって欲しい。