最高齢バーテンダー日々雑記
20161120
札幌に「BARやまざき」という有名なオーセンティックバーがあります。私は太田和彦氏の著書「ニッポン居酒屋放浪記・望郷編」でこの店を知りました。少し引用してみます。
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ロングカウンター、77歳の山崎達郎さんを中心におそろいの赤いタータンチェックのベストで四人の弟子が並び、胸に実習生の札をつけた子もいる。先輩格らしい人のつくったジントニックを飲んでいると、山崎さんが来て我々の前に立った。(中略)穏やかに見えた山崎さんはカクテルにかかると一変した。動作は驚くほど素早く、シェイカーはみるからに力強く振られてたちまち霜を吹き、間髪を入れずグラスに注がれ瞬く間にできあがった。
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著者がBARやまざきを訪れたのは97年頃のようです。このとき山崎さんは既に77歳。その後dancyuでも紹介されたこの品格ある名店を、いつか訪れてみたいと思っていました。たんにお年寄りだから凄いのではないですよ。札幌のBARの草分けとして大勢の弟子を輩出し、歴史を作ってきた人なのですから。
願いが叶ったのは08年10月のこと。家族で北海道旅行をしたとき、夕飯においしい北国の幸を腹一杯食べた後、子供をホテルで留守番させて妻と二人で出かけました。
結構大きな店で、ほぼ満席。それでも空いていたカウンターに座りますと、写真で見ていた通りの赤いベストを着たお爺さんがにこやかに、しゃんと背を伸ばして立っておりました。このとき山崎さんは88歳くらい、お店の人が「耳が遠くなりましたが、今でも毎晩お店に出ているんです」と。さすがに自らカクテルを作る場面は少なくなったそうで、指名で作っていただくのも恐れ多いと思い、それでも名物爺にお会いできて嬉しかったのですが。
山崎さんの切り絵(シルエット)は有名で、太田氏の本にも登場します。隣に座っていた先客が切ってもらっていたのに勇気づけられ「私たちのもぜひお願いします」と図々しくも頼んでしまったミーハー夫婦。快く鋏を取った山崎さん、黒い紙をニ枚重ねて構え、すっすっと滑らかに手を動かし、あっという間に二人の切り絵が完成しました。
二枚重ねですから同じものが同時にできます。一枚は私たちに、もう一枚はご自分のアルバムへ納められるそうです。「最近あまり整理ができなくて」と言っておられました。それぞれ通し番号がつけられています。妻は№42653、私は42654。
このとき何のお酒を飲んだかは忘れてしまいましたが、切り絵は札幌の夜の楽しい記念となりました。
ちょっと前に妻と「そういえば山崎さん、お元気なのかなあ」と話しました。訃報を新聞で見たのはそれから一カ月もたたないうちでした。11月4日、96歳だったそうです。ほんの1時間かそこらのことでしたが、私たちに素敵な思い出をいただいた山崎さん。ご冥福をお祈りいたします。
関連リンク: BARやまざき