「おいしいことなど徒然と」

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日航機事故から25年日々雑記

20100812



明日から盆休み、一番の書き入れ時なのですが、台風4号の影響で昨夜から雨です…。首都圏は晴れているようですが、こちらも明日からはいい天気になると思います。どうぞお盆休みは、観光に帰省に、当地へお出かけ下さい!


今日8月12日は、あの御巣鷹山日航機事故からちょうど25年目の日です。衝撃的な事故でした。当時東京の会社に勤めていた私は、夏休みで駒ヶ根に帰省した日の夕方。テレビで「日航機行方不明?」とのテロップが流れ、えっ…と思うとたちまち各局とも特別番組となり、深夜まで大騒ぎでした。


翌日から大惨事の様子が明らかになってきました。飛行機の形に山の木をなぎ倒して、しかし原型をとどめないほどバラバラになった機体。次々に発見される遺体は損傷がひどく、ほとんど特定ができません。


そんな中、4人の生存者がいたというニュース、本当に驚きました。まさしく奇跡の生還です。家族と乗っていて、1人だけ助かった女の子が、病院から発信した手書きのメッセージ「みなさんありがとう」を見たときには、会社で新聞を読んでいたのですが、泣けました。


彼女はのちに看護師になったと聞きます。今は幸せに暮らしているのだと思いますが、毎年この日をどんな思いで迎えているのかと考えると、胸が痛みます。


ハウス食品の社長さんも亡くなられたお1人です。当時の勤め先と同じビルにハウスの東京支店があり、同社商品の仕入担当をしていた私も弔問にうかがいました。オフィスの一室に献花の場所が設けられ、白い菊の花が部屋一杯でした。


犠牲者には同業(当時のライバル会社)の方もいらっしゃいました。この方は、ついに最後まで遺体が見つからなかった何人かのうちのお1人です。本当にお気の毒なことです。


この事故を扱った書籍はたくさん出ていますが、乗客乗員名簿のページを開くと、524名という人数に圧倒されます。ページをめくってもめくっても終わりません。それぞれの方が、どういう事情でこの機に乗り合わせたのかが書かれています。ディズニーランド帰りの家族、商用のビジネスマン、お盆で1人で親戚の元へ向かった子供…


日々の生活を一瞬で断ち切られた520の命の無念さ、理不尽さの前に、呆然と立ちすくむしかありません。経営再建中のJALですが、この事故の教訓はもちろん今でも真剣に伝えられていることと思います。日本の航空会社ではこれ以来、一人の乗客も死なせていないそうです。


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