バベットの晩餐会(3)読んだり見たり
20230221
話を佳境に進ませましょう。もう我慢できん、今回はネタバレで。結末にふれています。
バベットの作ろうとしている料理を想像して、信者たちは「魔女の料理を食べさせられて地獄に落ちるのでは」と震え上がります。姉妹は「まさかこんなことになるとは…私たちも予想しませんでした」と謝ります。
晩餐の日を迎えました。きらめく豪華な食器とテーブルセッティング。おそるおそる着席する姉妹と老信者たち。同席するローレンス将軍とその伯母上。バベットは台所で料理に専念し、給仕係として少年をひとり使います。 さあ、最初の料理が出されます…
信者たちは食事を口にしながらも味のことを必死で頭から振り払い、懸命に無関係の会話をしようとします。蚊帳の外で空気を読めない将軍は訝しがりながら「これは素晴らしい、本物のアモンティリャードだ」などと感嘆します。彼の存在は映画を観る私たちに食事の素晴らしさを教えてくれる解説のサービスとなっています。
食事が進むにつれ、身を硬くして「晩餐という名の苦行」に耐えていた信者たちが、次第に気持ちをほぐしてきます。集会の時いつもいがみあっていた二人の男性は、ずっと前に相手を騙していたことを笑顔で白状しあい、かつての不倫が重い心の傷となっていた男女は、長い歳月を経て自分たちの罪が赦されたことを感じて癒されます。
会が終わって彼らはすっかり打ち解け、外に出て手をつないで星空を見ながら歌います。将軍とマーティネは互いに想い合っていたことを打ち明け、これからも相手を忘れずに生きていくことを誓います。料理が人の心を変えたのです。
すべてを終え、疲れ切って放心していたバベットに姉妹が感謝すると、彼女は語り始めました。「フランスへは戻りません。宝くじの1万フランはすべて今日の晩餐のために使ってしまいました…私はパリでカフェ・アングレの料理長でした…この料理は私の『作品』なのです」
姉妹は晩餐にバベットが全財産をはたいたことに驚愕しますが、妹フィリパはアシール・パパンのことを思い出します。芸術家同士、パパンはバベットのことを深く認めていて、姉妹のところへ遣わした。バベットは自らの芸術家としての誇りを賭けて、最高のディナーを作り上げたのでした。そう、料理もまた芸術であったのです。
…いかがですか? おいしいものを食べることは人を幸せにします。しかしバベットの料理はそこにとどまりませんでした。将軍以外の人はその真価を理解することはなかったでしょうが、バベットはそれでも満足でした。全身全霊で渾身の作品を生み出し、芸術家としての自己実現がなされたからです。自分には、自分の成し遂げたことがわかっている。食べれば消えてしまう料理だからこそ、その思いは強かったのかもしれません。
(カフェ・アングレはパリの名門レストラン、トゥール・ダルジャンの前身)