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表現の不自由 (2)日々雑記

20190814

自分が見てもいない展覧会を伝聞情報であれこれ語るのは申し訳ないことだと思いますが、「表現の不自由展・その後」のサイトに、展示企画の趣旨が掲載されています。。

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「表現の不自由展」は、日本における「言論と表現の自由」が脅かされているのではないかという強い危機意識から、組織的検閲や忖度によって表現の機会を奪われてしまった作品を集め、2015年に開催された展覧会。「慰安婦」問題、天皇と戦争、植民地支配、憲法9条、政権批判など、近年公共の文化施設で「タブー」とされがちなテーマの作品が、当時いかにして「排除」されたのか、実際に展示不許可になった理由とともに展示した。今回は、「表現の不自由展」で扱った作品の「その後」に加え、2015年以降、新たに公立美術館などで展示不許可になった作品を、同様に不許可になった理由とともに展示する。
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私が思うにこれは、表現の自由に対する危機意識を云々するには一面的な見方に偏っていると思います。これまで何度も社会に問題を投げかけてきたさまざまな表現-「悪魔の詩」事件やシャルリー・エブド事件に代表される宗教的なもの、会田誠氏やろくでなし子氏らによる、性や暴力を扱った作品やパフォーマンスに目を向けない理由は何でしょうか?


政治的題材においては、右から左のみならず、左からの圧力によって公衆での発表の機会が妨げられることも世間には少なくありません。この展覧会を企画した人は、表現の自由を掲げながらその実、今の政権批判の立場でプロパガンダを企てたとしかいいようがないと思います。


韓国との間で猛烈な不信が沸き起こっているいま、慰安婦を象徴する像を愛知県のお墨付きで「公的に」展示することは、韓国の反日勢力に利用され日本の国益を損ねる可能性が高い。この像は平和の象徴などではなく、日本に対する侮辱と憎しみの象徴として現実に使われているのです。


そういう批判を浴びることは芸術監督の津田大介氏だって先刻承知であったはず。であれば、反対の声がいくら大きくなろうとも展覧会をきっちり開催して、賛同者批判者それぞれの論議をしっかり受け止めなくてはなりません。主催者を含め、卑劣な脅迫ファックスを理由にわずか3日で尻尾を巻いて逃げる(しかも出展作品の作者たちに相談もせず)見識の浅さには呆れてしまいます。展示を続ける方策はいくらでもあった筈です。


表現の自由は本来すべての創作物やパフォーマンスに与えられるべきものでしょう。しかしそれは(残念ながら)全く無制限に許されるものではないとも思います。現在の社会で許されている表現の自由は、先人たちが一歩一歩少しずつ扉を開き、社会通念の枠を取り払ってきた成果です。


それは時代によって押し込まれたり押し返したり、またさまざまな苦難や犠牲も伴いました。現在のポリティカル・コレクトネスの跋扈は、表現者にとって大きな障害であり、とても窮屈な世界を作りかねないと思っています。だからこそ、このような内容で軽々しく表現の自由を語ってほしくないと思うのです。


堅苦しい記事を書いてしまいました。やっぱり美味しいことを書いている方がいいですね。

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